頑張れ!女子カーリング オリンピックチームの笑顔の裏にあるもの

カーリングが面白い

以前から、オリンピックのたびに徐々にカーリングにも注目が集まってきたように思います。
今までも少しは見ていましたが、今回はたまたま見ることのできる時間が多かったこともあって、注目して見ています。
見れば見るほど、面白い。

そして特に女子の選手たちの、試合中の掛け声や、笑顔を絶やさぬ試合に臨む姿勢など、とても素晴らしい。魅力的に見えます。

しかし、その背景には選手一人ひとりの生きざまがあります。生きざまがあり、その上でのプレーです。ぜひ知ってほしい彼女たちの生きざまを知っていただきたいと思います。



そもそもLS北見ってなんだ?

チームの公式ホームページにはこれしか記載されていません。

2010年8月チーム結成(所属:常呂カーリング倶楽部)
2013年9月江田 茜選手 チーム離脱
2014年6月吉田 知那美選手 チーム加入
2015年4月馬渕 恵選手 現役引退
2015年5月藤澤 五月選手 チーム加入
2016年2月日本カーリング選手権大会 初優勝
2016年3月世界女子カーリング選手権2016 準優勝 銀メダル獲得
2017年2月日本カーリング選手権大会 準優勝
2017年9月平昌オリンピック代表決定戦 勝利 出場権獲得

実にスッキリとした内容です。これではよくわかりませんよね。
チーム結成の経緯はおそらくこれが一番理解できると思いますので、引用します。

チーム結成からわずか8年。
北海道北見市に本拠地を置くカーリング女子の「LS北見」が14日、平昌五輪の初戦に登場する。「マリリン」の愛称でカーリングの“顔”として活躍した本橋麻里(31)が、2010年バンクーバー五輪後に地元に戻って結成し、メンバー全員が同市出身。「選手が思いっきり戦う姿が見たい」。ゼロからスタートし、地元の熱い声援に支えられた「奇跡のチーム」が世界に挑む。

■有望選手が流出

「ゼロから始まって本当に心が折れたこともあった。今では北見から世界を目指しているという目標に対して、応援してもらえることがすごく力になっている」。本橋は平昌入りする前、こう話していた。

地元の名前で世界に挑めないのはなぜだろう-。「チーム青森」の一員としてバンクーバーを戦い終えた頃、本橋の胸にそんな思いが去来した。本橋は故郷の旧常呂(ところ)町(平成18年に北見市に合併)に戻ると、チーム結成に奔走した。

同町は長年、町おこしの一環としてカーリングの普及に取り組む。通年で使用可能な屋内競技場が整備され、合併後の現在も学校の体育の授業にカーリングが取り入れられている。ただ近年、有望選手が活躍の場を求めて札幌市や本州に流出していた。地元に実業団チームがなかったからだ。
「本橋の『戻ってきたい』って言葉に喜んだ関係者は多かった。だけど、ここには競技をしながら働ける企業があるわけじゃない。苦労するだけだと思った」。本橋がカーリングを始めた子供の頃から成長を見守ってきたNPO法人「常呂カーリング倶楽部」事務局長、鈴木繁礼(しげのり)さん(63)はこう打ち明ける。

「簡単なことではない」と諭す鈴木さんに、本橋は揺るぎない決意を語った。

「高校生と一緒でもいい。大学生を育ててもいい。人や地域とつながったクラブチームをつくって五輪を目指す」

長野や札幌に散った地元出身の選手たちを呼び寄せた。それぞれの所属先やスポンサー企業も探した。「彼女はオリンピアンの肩書をかなぐり捨てて必死だった。慣れないスーツを着て、頭を下げて企業を回る。応援せずにはいられなくなってしまった」と鈴木さんは振り返る。

■1試合でも多く

LS北見の選手たちは今、練習をメインに活動しながら、地元の体育協会や医療法人、民間企業などで勤務し給料を得ている。スキップ(司令塔)の藤沢五月(26)が勤務する保険代理店「コンサルトジャパン」の社長、近藤充広さん(45)は27年春、知人を通じて、本橋が所属先になってくれる企業を探していると相談を受けた。

北見から五輪へ。熱っぽく語る本橋の姿に突き動かされた。だが同社はスポーツ選手の支援をした経験がない。「社長が勝手に変なことを決めてきたぞ、と社員は思ったのではないか」と苦笑する。

今では地元を中心としたスポンサー約20社に支えられている。ここまで支援が広がったのは「職場や地域での交流を通じて、選手が夢だと語った五輪を、自分自身の夢として応援する人が増えた証しでは」と近藤さん。1試合でも多く五輪の舞台で戦い続けてほしい。そう願いを込めて声援を送る。(石井那納子)

いやはや、驚き以外の何物でもありません。このチームは元オリンピック選手が一から、いやゼロから立ち上げたチームだったのです。
オリンピックへのチームを作り、普段の仕事をしながら、普段の練習のみならず遠征にも出かける。費用も大変ですし、地元の企業もよく理解されたと思います。素晴らしいの一言です。



そして創設者の本橋が控えに

このチームの創設者でもある本橋は、現在控え選手です。
本橋の公式ホームページを引用してみましょう。

私はキャプテンとして、メンバーの手本となることは当然ですが、みんなを守り、世界の舞台まで牽引出来るよう、日々精進して参りたいと思います。
新生ロコ・ソラーレ、選手、監督、トレーナー、サポート、そして応援して下さる皆様と、日本一、世界にいきたいです」

格好いい!素晴らしい!
こんな気持ちで、選手としても頑張っていること。尊敬以外の何物でもありません。

もう、オジサンになると、このチームプロフィールと本橋の気持ちだけで、目から汗が噴き出てしまいますよ。こんな選手がいるのですよね…。




実際に、本橋麻里の献身はこれだけではありません。
身を粉にして、心を鬼にしてチームを支えています。かなり長いですが、全文を引用します。

カーリング女子の平昌五輪代表決定戦で、ロコ・ソラーレ北見(LS北見)が中部電力を3勝1敗で退け、創設8年目にして念願の五輪出場権を勝ち取った。

「麻里ちゃん!」

コーチボックスから下りてくる本橋麻里の姿を認めると、セカンドの鈴木夕湖は氷上を駆けだした。本橋は両手を広げて鈴木を強いハグで迎え、続いて、リードの吉田夕梨花がその輪に入る。吉田知那美や藤沢五月が加わる頃には、本橋の目に大粒の涙が浮かんでいた。

今季、主将を務める本橋はリザーブとしてチームを支える決断をした。昨季は、「吉田夕→吉田知→本橋→藤沢」、あるいは、「吉田夕→鈴木→本橋→藤沢」という布陣を組んでいたが、思うような結果が出なかった。そこで今季は、2016年の世界選手権で銀メダルを獲得した「吉田夕→鈴木→吉田知→藤沢」に戻し、本橋をリザーブに置いた。

しかし、LS北見にとって、本橋はただの”補欠”や”5人目の選手”ではない。創部からチームの指導にあたってきた小野寺亮二コーチはこう語る。

「麻里が(他の)4人より劣っているなんてことは、一切ない。むしろ、すべてのポジションを高いレベルでこなすことができるという意味では最も優れています。麻里がコーチボックスに座っているからこそ、他の4人が思い切ったいいパフォーマンスができるんです」

実際に、今季の国内開幕戦である7月のアドヴィックスカップでは、吉田夕がゲーム中に左肩の違和感を訴えたため、本橋がスクランブル出場。安定感のあるデリバリーと、正確なスウィープで好リリーフを果たすと、試合後には「いつ、どのポジションで出ることになっても、準備はできていますから」と涼しげな表情で語った。

「なんでこの人はこんなにストイックにやるんだろう、こんなにできるんだろうと不思議になります。彼女は”カーリングの変態”だと僕は思っています」

そう笑うのは、夫の謙次さんだ。本橋はリザーブになってもトレーニング量を落とさず、家事も育児もきちんとこなしているという。そこに、「フィフスだから」「母だから」といった妥協はない。本橋がそうした姿勢を若い選手に見せることで、「麻里ちゃんをリザーブに置いているんだから、恥ずかしいゲームはできない」と鈴木が決意したように、氷上の選手に緊張感と自覚が芽生えるのだ。

そして、今回の代表決定戦では、ゲーム外での本橋の”献身”が勝利を呼び込んだ。

カーリングのビッグマッチでは、開幕前にストーンの調整をする。石底の接氷面をわずかに研磨し、微妙なエッジを作ることで石の曲がりを生む狙いだ。それによって曲がりやすくなる一方で、石ごとに僅かなクセが生じることになる。
当然、中部電力もLS北見も、公式練習では全員で石を投げて状態をチェックする。しかし本橋は、試合後も毎日アイスに残り、ナイトプラクティスと呼ばれる二重のチェックを行なった。

対する中部電力は、公式練習と初日のゲーム後に全員でチェックはしたものの、以後は休息を優先させてナイトプラクティスには参加しなかった。もちろん、その選択はチームの方針であり、チェックの有無と結果を直結させることは短絡的だ。

それでも、「麻里ちゃんのチェックを100%信頼している」という吉田夕は、本橋から日々アップデートされてくるストーンのデータを元に、対策を練ることができたという。そして、五輪出場を決めた第4戦では、石のクセをものともせずに難易度の高いウィックショットを連発し、中部電力の反撃の糸口を潰した。本橋のストーンチェックが迷いを消し、メンタル面の大きなサポートになったことは間違いない。

吉田夕と同様に、荒れ石処理班を担った鈴木は、五輪代表決定会見で「(チームに入った当初は)クソガキで迷惑かけたけど、やっと大人になれました」と、本橋への感謝を口にした。

五輪出場が決定してすぐ、ふたりが本橋のところに駆け寄ったのは、そのあたりに理由があるのだろう。カーリングを取材していると「ストーンを4人で運ぶ」といった言葉がよく聞こえてくるが、LS北見に限っては間違いなく5人でショットを決めていた。このスタイルが成熟していけば、五輪での躍進も十分に期待できる。
ただ、小野寺コーチが「足りないものはまだまだある」と語り、鈴木も「課題もたくさん見つかった」と自戒を口にしたように、今は世界への挑戦権を得ただけに過ぎない。最大の目標であった五輪への切符を手にし、チームはまた新たなスタートを切る。これから約3カ月に及ぶカナダ遠征に出発する前に、本橋は今後について語った。

「リザーブはベストメンバーを狙うものです。リザーブで満足しているならチームには必要ありません。コーチボックスで見た景色が、また私を成長させてくれると信じています」

本橋とLS北見の、新たな、そして最大の挑戦が始まる。

縁の下の力持ち!どころではありません。本当は、自分が試合に出たいはず。それでも裏方に徹して、なおかつ自分のコンディションも落とさないで、チームに存在すること。本橋麻里の存在は、このチームにとって、これ以上ない力となっていることでしょう。



戦力外通告から、LS北見へ


「そだねー」と試合中大きな声を出しているのは、おそらく吉田知那美選手でしょう。明るく大きな声でチームを盛り上げている姿は、とても素晴らしい。
しかし、彼女には以前のチームで戦力外通告を受けた、という悲しい歴史があります。

 (中略)
吉田知はちょうど4年前の9月、当時所属していた北海道銀行フォルティウスのリードとしてソチ五輪代表決定戦に臨み、日本選手権3連覇中だった藤澤擁する中部電力を破って五輪代表の座をつかんだ。チーム方針により五輪本番にはリザーブとして登録されたものの、メンバーの欠場により急きょセカンドとして22歳で大舞台に立つこととなる。

 しかし初出場の緊張もあってか、初戦の韓国戦で精彩を欠いたプレーを見せてしまう。その後尻上がりに調子を取り戻し、チームも日本にとって史上最高タイとなる5位の成績を収めたが、吉田知に待っていたのはチームからの「戦力外通告」だった。

「氷の上に立っている姿を見られることが恥ずかしいと思うくらい、カーリング選手としての自信がなにも無くなってしまっていました」

夢にまで見た初めての五輪出場から一転、2011年の設立当初より所属していたチームからの非情な通告。五輪翌月の日本選手権をリザーブとしてコーチボックスから眺めた後、北海道銀行を退職した。「あんな思いをするんだったら二度とリンクに上がりたくない」。失意のどん底にたたき落され、大好きなカーリングから離れることを決意した。

そんな吉田知に声を掛けたのが、LS北見結成から4年弱、ソチの次に行われる18年平昌五輪出場を目指して動いていた本橋だ。ソチ五輪代表を逃したチームの強化に「五輪や世界を経験しているメンバーが必要。知那ならできる」(本橋)と、白羽の矢を立てた。ショックに打ちひしがれていた吉田知は一度は誘いを断る。しかし「自分のことは信じられないんですけど、信じてくれた人のことは信じられる」と本橋の熱意に心を動かされ、自ら地元・常呂町のLS北見へ加入したいと伝えた。(中略)

前回のオリンピック後に受けた戦力外通告。そして本橋麻里からのオファー。
オファーを受けた後の本橋麻里も献身的な、助力は心に刻まれていることでしょう。本橋麻里は、地元を懸命に回って、選手の就職をお願いして回って今があるのです。(私も会社が大きくして、応援できるようになりたい)
そして、プレーと笑顔でチームを引っ張る姿に、オジサンはこれまた涙なくしては試合を見ていられません。

吉田知那美だけでなく、藤澤五月の移籍もソチ五輪を逃したという挫折がきっかけとなっています。チームを支える彼女たちは、挫折を経て、本橋麻里が作った新しいチームで世界のオリンピックという舞台に立つことになったのです。しかもその功労者である本橋麻里はリザーブとして支えてくれている…これ以上のストーリーはそうはないでしょう。

試合になる前にオジサンの涙腺崩壊です。
元気な声と、明るい笑顔の裏にある、選手たちの挫折と生きざま。すべての選手に同じような挫折があるでしょう。このような経緯をしってより、一緒になって応援しましょう!

最後に、藤澤五月選手のチームホームページのコメントを引用したいと思います。頑張れ!LS北見!

藤澤五月選手コメント
私の地元でもあるこの北見で、もう一度プレイできることを、本当に嬉しく思います。快く迎えてくれたチームメイトはもちろん、地元の皆さま、そして応援してくださっている皆さまに感謝申し上げます。
この充実した環境の中でカーリングができる感謝の気持ちを忘れず、この北見市から、世界で勝てるチームになれるよう、毎日毎日を大切に、常に成長し続けるカーラーを目指していきます。
これから、どうぞよろしくお願いします。