インフルエンザワクチンの予防接種 本当の効果は?

2021年1月25日

インフルエンザ予防接種は効果あるのか?

常に秋から冬にかけて話題に出てくるのが、このインフルエンザ予防接種の効果について。
今回は、この話題について少し違う見方で見てみたいと思います。

本当に効果が無い?

インフルエンザ予防接種は、かつては小学校などにで集団接種をするほど接種されていました。
しかし、前橋医師会が中心となってまとめた「前橋レポート」などにより、効果が疑問視されたこともあり、定期接種から外れ、学校などでの集団接種もなくなりました。
現在ではインフルエンザ予の防接種は、高齢者のみ定期接種として推奨されています。

簡単に言えば、国としてはインフルエンザ予防接種を「高齢者については接種すべきだ」としているのです。

さて、この「前橋レポート」。実際のところはどんな内容だったのでしょう



インフルエンザ予防接種の効果を検証した「前橋レポート」

前橋レポートは、前橋医師会がまとめたもので非常に興味深いデータです。群馬県の地域の小学生を対象にした試験です。
様々な点で議論されている通り、このレポート自体にはいくつかの問題があります。それを少し検証してみたいと思います。

前橋レポートの概要

乱暴に一言で結果を示すと、このグラフが一番出回っている結果だと思います。

いろいろ異論があるグラフ。ワクチン反対派?がよく用いているらしいグラフ

かなりの高い割合でインフルエンザ予防接種をした群(高崎・桐生・伊勢崎)と、ほぼ予防接種をしなかった群(前橋・安中)で、インフルエンザの罹患率がほとんど変わらなかった。

すなわち、インフルエンザ予防接種の有無は罹患率に差が無い。(ワクチン接種の意味は無い)
ということだろうと思います。

ちなみに、このグラフの元になったデータがこちらです。

おそらく1984年のデータのみを引用して作成したのが、前述のグラフなんだろうと思います。しかし、2年間にわたり99%以上のデータを取ったのですから、一部だけを抜き出して強調するのは倫理上問題があるのではないかと思います。



前橋レポートの課題

ここから、前橋レポートの課題について記載してきたいと思います。
様々な論争があるようですし、私が見ても細かい点を挙げればキリがないのですが、簡単な解説として大きな項目だけ記載します。
(いろいろまとまっている「インフルエンザ予防接種について」もご参考下さい)

最大の課題は、2つあります。ひとつは無作為化(ランダマイズ)ができていない点と、評価項目である「罹患の基準」です。

前橋レポート課題1 無作為化

もともとが、インフルエンザワクチンの「予防接種する地域」と「接種しない地域」で比べる。というのが当初の目的の試験であったようです。

そのため仕方ないことですが、インフルエンザワクチンを予防接種した生徒と、接種しなかった生徒の間で違があった可能性を否定できないのです。
例えば、接種する地域に指定されていた生徒が「たまたま体調が悪くてワクチン接種できなかった」といったことが否定できません。この中には小学生では体力的に未発達で、病気がちの子もいた可能性があるのです。

また同じ地域でも、小学校によって流行が異なるのは充分あり得るなど、対象の方法が正しいのか?という課題が残ることを付記しておきます。

前橋レポート課題2 罹患の定義

このレポートでは、罹患を「37℃以上の発熱があって,連続2日以上欠席した者」もしくは「発熱は不明であるが,連続3日以上欠席した者」と定義しています。

調査が行われた昭和の終盤ころは、現在のようにインフルエンザの簡易診断キットなどが存在しなかったこともあり、仕方ないことではあります。

しかしながら37℃という基準はかなり甘い基準と言えるでしょう。インフルエンザ以外の通常の感冒も含めた数字である、ということを認識しておく必要があります。

単にインフルエンザの予防効果を見たわけではない。という点がこの結果を考える際に追加する重要なポイントです。



前橋レポートを再検討(再解析)

では、前橋レポートを改めて見ていきましょう。手計算で行っているので、若干間違いがあるかもしれませんが、ご容赦下さい。

全体の集計 その1

前述したデータを再集計し、各地域の調査年ごとの予防率(罹患しない率)に換算したのが下のグラフになります。(罹患率の裏返しです)

このデータのみ、全体像を把握するためにインフルエンザワクチンの予防接種は、1回でも接種して入れば接種ありとしています。

上で紹介したグラフと見比べてみてください(再掲)。せっかく2年間データをとったにも関わらず、都合のよいデータのみを掲載することはフェアではありません。

データの様子が異なることがご理解いただけると思います。85年の前橋・安中を除いて、インフルエンザ予防接種の有りのほうが、罹患を予防していることがわかります。
また全体の傾向として、84年のほうが罹患数が少ない傾向にあったことがわかります。

繰り返しますが、このデータは「37℃以上の発熱で連続2日間以上欠席」「連続3日以上欠席」した割合を示しているので、一般の感冒もかなりの頻度で含まれている可能性が高いです。

ワクチン接種が効果が無い、としているデータでもよく見れば、最もインフルエンザワクチン接種の高い高崎とワクチン接種0%の安中では、7ポイントの差があります。これは差がある、というべきでしょう。

このようにワクチン接種の有無でわけ、それぞれの群で予防効果を見ることが本来重要です。ここまでは予防接種により多少は、予防できているかも?という感じであることがご理解いただけるかと思います。

前述した通り、罹患にはインフルエンザ以外の感冒も含まれている可能性が高いことから、完全な数字ではありません。しかし、このことは予防接種、および未接種ともに言えること(同条件)なので、傾向はつかめると思います。

地域ごとの状況を見るという意味でも、このように地域ごとに接種群と非接種群で比較する必要があると思います。
また前橋と安中は、接種割合が非常に低いので、データとしてはいびつな傾向にあることも付記しておきます。



全体の集計 その2 x2(Chi-squared test)検定

全体の傾向を見たところで、続いて統計的手法で解析してみたいと思います。
すべての市のデータを一つのデータとして、効果を検証します。

やり方は簡単です。インフルエンザワクチンの予防接種を受けた群と受けない群にわけ、予防効果が表れた例(罹患しなかった)を比べます。

今回は、厳密にインフルエンザワクチンを2回接種した群を接種群と設定します。1回は接種群は未接種群に振り分けました。

結果、インフルエンザワクチンを2回予防接種受けた群では、統計学的に有意差(Chi-squared test)をもって予防効果が認められました。

すなわちインフルエンザワクチンを2回接種することで、インフルエンザ(37℃以上の2日欠席なども含む)の罹患を防ぐことができる可能性が見えてきました。

しかし、結果はわずか6ポイントの違い…。

ちなみにワクチン接種1回を接種に組み込んでも、ほぼ同様の結果でした。乱暴ですが、多少なりともワクチン投与にインフルエンザ予防効果がある可能性があることがわかりました。
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全体の集計 その3 併合解析

追加解析の最後は、メタアナリシスの手法を用いた検討です。
メタアナリシスはエビデンスが最も高いと言われている手法です。

今回は、各市・各年のデータを独立した試験として10件の試験として、メタアナリシスの手法を用いて併合解析という方法をとってみました。(強引です)
今回も厳密にワクチン接種が1回の方は、未接種ということで計算しています。


さて、いかがでしょうか。
意味は最後の赤字のところだけです。
インフルエンザワクチンを2回接種することで、インフルエンザ(37℃以上の2日欠席なども含む)の罹患を、接種しない群にくらべて予防できる。

具体的には、約1.57倍予防できる。
表現をかえると、ワクチンの予防接種により、インフルエンザ罹患リスクを36%軽減できる。

となるかと思います。
(ここでも、厳密なインフルエンザ罹患とは異なり、試験におけるインフルエンザ罹患の基準であることを付記いたします)

問題は、この数字を効果あり、と受け入れることができるか?というところでしょう。



結論 インフルエンザワクチン 予防接種に効果はある

さて、ここまでいくつかの追加検討を行ってきました。

結論から言えば、インフルエンザワクチンの予防接種には、ある程度の効果がある可能性が高いことがご理解いただけたと思います。

問題は、他の疾患のワクチン接種では100%に近い予防効果が得られることと比較して、効果が低すぎるという点です。
前述しましたが、ある程度の効果でしかないのです。これをどう考えるか。

先に記載したように、全体としては約6%の罹患の予防。もしくは、罹患リスクの36%の低減。というのが今回の一応の結果です。
(罹患はあくまでも「37℃以上の発熱による2日以上の欠席」などです)

この効果を期待しワクチン接種のために、4,000円前後の金額と、1時間近い時間、そして個人差がありますが痛みなどの副反応を犠牲にするか否か…。

またこの前橋レポートから、ワクチン未接種でも4割近くは、インフルエンザどころか感冒に罹患してないこともわかります。その上でこのリスクとベネフィットをどう判断するのか…。

個々人の置かれた状況を踏まえてご判断をいただくしかありません。

また今回の検証が正しいか、という問題があることも最後に記載しておきます。間違いの無いよう行ったつもりですが、ケアレスミスもあるでしょう。またそもそも、やり方が間違っているというご指摘もあるかもしれません。

乱暴にも、後解析という悪手で、2つの統計的手法を用いてみました。方向性としてインフルエンザワクチンの予防効果の可能性が見えましたが、本来はこのような後解析(レトロスペクティブ)ではなく、前向き試験で日本で検証してほしいところです。

また海外でのデータなどいくつか新しいデータも出ているようです。

以上、過去の経験を踏まえ行ってみました。インフルエンザワクチン接種のご参考の一助にしていただければ幸いに存じます。