寒中お見舞いはがき

ご親族の方からの寒中見舞いで、松倉一郎先生が昨年(2017年)お亡くなりなったことを知りました。私より10歳くらい年上で、56歳前後だと思います。
心よりお悔やみ申し上げます。
訃報を伺い、驚き意外の何物でもありませんでした。
私が製薬会社に入社した当初に、製薬会社の営業と医師という関係で松倉先生と知り合いました。社会に出たばかりの私にとって、医師はこういうものだ、ということを示していただいた先生でした。
その後は年賀状のやり取りのみの時期が長かったのですが、久しぶりに(15~20年ぶり)一昨年(2016年)二人でお酒を飲むことができました。
お互いいいオッサンとして、串揚げを肴に昔話に花を咲かせたひと時でした。そういえば2次会でウィスキーも飲みましたね…。懐かしい。
墓前に伺うのが一番かと思いますが、仕事上のお付き合いだったこと、タイミングを逸してしまっていることから、ちょっとハードルが高く…。申し訳ございません。
追悼の意を込めてお酒を飲んだ時の昔話の会話を中心に、少しだけ松倉先生の思い出を記してみたいと思います。



東京の下町の病院で

1992年に製薬会社に入社した私は、東京都の下町地域の病院を担当する営業(業界的にはMRと呼びます)として配属されました。担当病院の一つで、松倉先生は当時勤務されていました。その病院では地域の中では大きな病院で、多くの患者さんが入院されており、松倉先生はバリバリ仕事をされている様子でした。実際年齢的にも30歳代前半だったと思います。本当に食事をとる時間もなく、1日中働いている感じでした。

松倉先生「君が配属され、初めて挨拶に来たことは覚えている。とっぽい兄ちゃんが来たなぁ、と思ったよ」
「それは褒めているのですか?けなしてるのですか?」
松倉先生「うーん。両方だね」
本当にただの営業が挨拶にきたことを覚えているのか?わかりませんが、頭の作りが違いすぎるので、それ以上は突っ込まずに飲んでいました。
私からすれば、松倉先生はよく言えば細身でカッコイイ。しかし、男前だけに目力が強く、少し怖い感じの第一印象でしたが、そのことは伝えず黙っていました。

このころに忘れない松倉先生のエピソードが一つあります。
松倉先生にお伝えしたいことがあり、私は病棟のナースステーション前にて先生をお待ちしていました。病棟を見回った松倉先生が戻ってきたタイミングで声をかけようとしましたが、急ぎの様子でした。目礼で返されましたが、矢継ぎ早にスタッフに指示を出しながらとても忙しく立ち回っていたため、話すことは難しいと判断し、もう少し待つことにしました。
しばしたったころ、腰の曲がったお婆さんが手土産らしき紙袋を持って、私から少し離れたところで立っていました。
作業のさなか、そのお婆さんを見つけた松倉先生が、動きを止めてナースステーションから出てきました。
松倉先生「〇〇さん、ちょっと待ってくださいね」とお婆さんに声をかけました。
お婆さん「いや、ご挨拶に伺っただけです…」と小声で返していました。
松倉先生は忙しいさなかでしたが、急ぎ書類を数枚書き上げて「書類のために来られたのですよね。お待たせして申し訳ありません」と、数枚の書類を渡して頭を下げられていました。
お婆さんも、さらに腰を折って深くお辞儀をしてお礼を述べていたようです。松倉先生は、次の患者さんのために病棟にさっそうと行ってしまいました。
カッコイイなぁ、と思った反面、結局はこの日は話をできずに終了しました。




話ができなかったのは、製薬会社の営業としてはダメなんでしょう。しかし、医療関係で働く以上、患者さんが第一です。そして順位的には製薬会社との面会は最後です。それは当たり前です。その点は、今回の主題ではありません。

おそらくこの事例は、腰の曲がったお婆さんが、何らかの必要書類を先生に依頼していたのだと思います。歩くのも大変ななか、書類が必要で、手土産を持って訪問したのだと思います。
しかし松倉先生が多忙を極めている中、簡単に声をかけられず、廊下で待っていた(私も声をかけずに待ってるだけでした)。その状況を察した、松倉先生が出てきて声をかけ、さらに書類を仕上げて頭を下げた。腰が曲がっていると歩くのも一苦労です。その状況を察した先生の心遣いだったと思います。
自分自身はご飯を食べる時間もないほど忙しいのに、気遣いされる先生なんだな、と思った次第です。

このことを、一昨年に酒席で話したところ
松倉先生「そんなの当たり前じゃないか。君は馬鹿か」
と小気味よい、返答が帰ってきたことを思い出します。
かつては医師と製薬会社の営業という関係でしたが、一昨年は利害関係のないただの知人同士のはずでした。しかし約20年ぶりに会ってもどうしても当時の関係になってしまうものですね。当時より体重が20kg以上増え、かつてのとっぽい兄ちゃんの面影は少ないでしょうが、かつてに戻っていたようです。
このとき、馬鹿と呼ばれた回数は当時より多かったかもしれません。それでも私自身嫌ではなく、むしろ楽しいひと時でした。

結構長くなりそうです。続編は、後日記載したいと思います。