この本を待っていた 「なぜ論語は善なのに、儒教は悪なのか」

論語と儒教は違うのか?

いやいや、待っていた本が出ました。
「なぜ論語は善なのに、儒教は悪なのか」

日本で教育を受けたほぼ全員が学校で論語を多少かじったことと思います。そして「孔子」と「論語」を元に「儒教」が生まれている、と習ったことと思います。
漢文の教材として、「師曰く」から始まる論語の一説を未だに覚えている方も多いことでしょう。
また「不惑」の語源であったりと、論語には文化的にも格調の高さを感じても居ました。

しかし、論語の中に「心の欲する所に従えども矩を踰えず」という人生の最後のゴールのような言葉があるにもかかわらず、中国人の振る舞いは完全に正反対です。旅行で訪れている中国人も、国家としての中華人民共和国も、その振る舞いはまさに傍若無人そのものです。
その一方で儒教の国と言い張ったりする。

いったい、儒教ってなんだ?論語って何?
儒教って孔子が作ったんじゃないのかよ?

という疑問が心の中にずっと居ました。
その答えとなるのが、この本です。石平さん、書いていただきありがとうございます。



なぜ論語は善なのに、儒教は悪なのか

その疑問に真正面から応えてくれるのが、この本「なぜ論語は善なのに、儒教は悪なのか」です。
本当に待っていました。

どう見ても、私が習った儒教および論語の精神と、現在の中国人の考え方は同じに見えない。
また厄介なお隣の某韓国も二言目には「儒教の国だから」と言いながら、理解できない行動をとることがあります。

なぜなのだ?一体、孔子とは?論語とは?儒教とは?
その疑問は、この本を読むと理解できます。内容について少しだけ紹介してみたいと思います。



孔子と論語

まず、本の序章でもお腹が膨れてきます。
石平さんの幼少期のころの思い出話。文化大革命が行われている時代の生きた記憶。論語の精神と文化大革命が書かれています。
明るい雰囲気で始まりますが、内容が徐々に重くなってきます。そして日本での「礼」との出会い。

それがこの本の出発点となります。通常以上に長い30ページにもおよぶ序章。重い内容ですが、それはまさにプロローグに過ぎませんでした。

そして、本のメインテーマに移っていきます。まず、孔子と論語。これは皆さんの記憶の通り孔子の言葉を弟子たちがまとめたものです。

論語と儒教

ここからが微妙になっていきます。
まず、第一に儒教の成立とされているのは、孔子の死後300年以上が過ぎたあとです。
第二に、儒教の始まりの時には、論語は経典とされてはいませんでした。

これはとても重要なことです。
いわゆる四書五経と言われていますが、儒教の発足時に経典とされたのは「五経」。

すなわち、論語と儒教は似て非なるものだったのです。
これは非常に重要です。
私たち日本人が儒教という言葉から連想する内容と、中華の中で連想する内容も、似て非なるものである。
ということになるからです。

とても重要ですし、ショッキングです。
一体、私たちは何を習ってきたのか。日本の教育はなんだったのか?



朱子学と伊藤仁斎

これ以上は、本書をぜひ手にとってほしいから、あまり書かない。
日本人が絶対に読むべき本だから。日本の教育をきちんと受けた人を読んで、目から鱗を落としてほしいと思う本なのです。

しかし、最後に伊藤仁斎という江戸時代の学者の名前のみのを紹介しておきたいと思います。
儒教原理主義ともいえる朱子学の思想と、論語とが相反することを理解した市井の学者です。このような方が居られることを、知りませんでした。
四川出身の石平さんに教わっているようでは、まだまだ勉強が足りない、反省するばかりです。
(石平さんにはもっと、教えを請いたいです)

四書五経と日本の元号

4月1日、新しい元号が発表されました。
令和
万葉集から引用したとのこと。実に素晴らしい。これからもぜひ日本の古典からにしましょう。

私自身は、中華の洗脳からなかなか脱却できず…。
論語も含め漢籍も素晴らしいよなぁ、と思っておりました。

しかしこの本を読んで、考えは完全に改まりました。論語はともかく、「四書五経」中でも五経は、参考にする必要が全くありません。
時の皇帝におもねるために作られた書籍に何の価値がありましょうか。
そのことも教えてくれた偉大なる一冊です。



まとめ 日本人の儒教感

最後に、まとめとして所感を。
多くの日本人は、漢文の題材として論語を学び、儒教を知ります。
儒教はよいものであると、認識します。

また、明治維新を成し遂げた多くの志士も儒教の一派である陽明学を学んでいました。
陽明学を学んだ彼らが命をかけて、日本という国を立てなおしたことを日本人の多くは知っています。

そのため日本人にとって儒教とは、とてもよいものだと考えていると思います。
現在の多くの日本人にとって、儒教とは論語であり、明治維新の原動力となった陽明学なのです。

しかし、本家中華人民共和国では、論語は儒教の元祖ではない。もしくは過激に理解される思想です。
志士たちが学んだ陽明学に至っては、迫害の対象でしかありません。

「儒教」という言葉に惑わされてはなりません。日本と他国ではまったく別の意味を持った言葉であることを、よく理解する必要があります。
このことが日本人の行動の間違いの原因の一つだろうと思います。

論語の本当の意味を理解し、孔子の想いを理解しているのは、自称儒教の国ではなく私たち日本人かもしれません。

そのことを教えてくれる良書です。ぜひご一読下さい。決して後悔はしませんよ。
儒教は「悪」である。これだけでも覚えてほしい部分です。