東日本大震災を仙台で被災した経験から 被災地での教訓(その4)

2021年3月5日

震災初日はこちら→東日本大震災を仙台で被災した経験から 被災地での教訓(その1)
東日本大震災を仙台で被災した経験から 被災地での教訓(その2)
震災2日目はこちら→東日本大震災を仙台で被災した経験から 被災地での教訓(その3)

震災3日目

余震は続くものの、だんだん慣れてくる、時期です。余震のたびに体はビクッと反応し、目が覚めますが様子を見る余裕が出ていきます。
記憶があいまいなのですが、震災翌日および3日目に電気が再開されます。
生活ライフラインの中で初めに、復旧するには電気です。これは重要な事実なので覚えておいたほうがよいと思います。
次いで、水道・ガス(都市ガス)という順番です。ただし水道などは水道管の様子次第ですが2週間近く後になりました。ガスはもっと遅かったですね。たしか大阪ガスの方が開栓にきてくれました。本当に感謝しています。ありがとうございました。

電気は再開したものの、テレビはケーブルだったために基地局の関係か映らず。電話も反応せず。(ケーブルテレビや電話の復旧は、この数日あとであったと記憶しています。)携帯電話も、基地局がやられたのか圏外のまま。
しかし、電気があるということだけで、夜も暗くない。これはとても重要な状況です。多少なりとも文明の利器を感じる瞬間です。

電気の再開もあって、地元のスーパーの方が販売を開始してくれるようになります。
販売と言っても、POSシステムは壊れているため一個一個値段を判定させることはできません。だいたいの値段で、200円コーナー。300円コーナーといったかたちで、おおむねの値段で販売してくれるのです。
スーパーに勤める方も被災しています。それでも非常時にできるだけ物資を出そうということで、ごちゃごちゃの店内から販売できるものだけでもと販売してくれたのです。
多くの方がしっかり並んで、購入していました。

被災時に大切なもの それは水

被災して一番困ったもの。それは水です。
当時住んでいたマンションは、屋上に水道用のタンクがありました。電気が再開してしばらくはタンクから水が供給されていましたが、タンクの水が無くなると、また断水状態に戻ります。私はその情報を事前に仕入れていたため、風呂の湯舟に水を貯めていました。それでも家族4人で一週間でかなり無くなっていました。

水は実際にどれほど必要か?様々な声があります。私の実体験で、実感したことは
トイレです。
汚い話で恐縮ですが、小便はみな我慢して水を流さない。それでもさすがに大では流す必要があります。さすがに他人の大が残っている状態で次の人はきついですから。
ではどれくらいで流れるか?私のいたマンションのトイレでは4L必要でした。2Lペットボトル2本分です。1本では残念ながら、流れませんでした。2Lでは無理…。3Lでも足りない…。4L必要なのか…。つまり子供を入れて4人家族で、トイレだけで16Lの水が必要になるのです。
生きていくうえで、トイレ問題は切実です。快適なトイレ空間のために、必要量として覚えておきましょう。
その他、手洗いや歯磨き、食事などを2L程度と見積もれば、一人あたり約6L/日が必要になります。そりゃ我慢すればいいのですけど…、可能ならきれいにしたいものです。
すごい量だと思いませんか?私のお勧めとしては、非常用の水は可能な限り保存する。ことです。たとえ賞味期限が過ぎても手洗いには使用できるし、最悪トイレ流しようにすればよいのです。
保存用の水は、定期的に追加しつつ、永遠に保存する。これポイントですよ。

また、エコキュートも構造上(主に夜間に沸かしたお湯を貯めている)お湯を保存している状態なので、災害時の水対策として有用だと思います。

可能なら自転車がほしい

もう一つ、あると便利なのが自転車。
停電時は、交通インフラである信号も停電中のため自動車の運転は危険。さらにガソリンは文字通り有限であり、停電では販売できないし、電気が通っても在庫が入荷されないので買えません。
知り合いの安否確認や各地での情報収集など、昔ながらの対面情報交換で動かざるを得ないために、どうしても機動性を確保したいものです。

自転車。エコだの、体力増進だのと理由はつけられます。ぜひ移動用に一台確保しておきましょう。一台あるだけで動きがまったく違います。
会社の後輩と、近所に住む会社の同僚のお宅を回って、安否確認などをした記憶があります。
徒歩のみの場合と比べて、数倍の行動が可能です。普段からの準備をお勧めします。

3日目のまとめ 備えるもの

1.水(多いに越したことはない。エコキュートも結構便利だと想像)
2.可能なら自転車