学問の神様とは?

子供たちが受験!実力をつけて受験してほしいものの、なかなか勉強ははかどらないものです。
親に出来ることは神様にお願いすることくらいしかありません。
合格祈願、学問の神様といったら、どの神様にお願いすればよいのか?を調べてみたので、書き記したいと思います。
以前記した「富岡八幡宮に神様は居ない 可能性」で、興味を持ったのがきっかけです。

学問の神様と言っても、由来が様々なようです。
正しいかどうかは、各自でご判断いただければ、と思っております。あくまでも私個人の主観(公明正大に調べたつもりです)ということで、ご了承下さい。



何といっても菅原道真公

学問の神様として、まず思い浮かぶのは、天神様。菅原道真公ですね。
改めて見ると、天神さま、という呼び名もすごいものですね。「天の神さま」です。神の中でも最高ですね。
菅原道真公の簡単なご来歴としてウィキペディアから引用します。

菊池容斎による菅原道真像

菅原道真(すがわら の みちざね / みちまさ / どうしん、承和12年6月25日(845年8月1日) – 延喜3年2月25日(903年3月26日))は、日本の平安時代の貴族、学者、漢詩人、政治家。参議・菅原是善の三男。官位は従二位・右大臣。贈正一位・太政大臣。

忠臣として名高く、宇多天皇に重用されて、寛平の治を支えた一人であり、醍醐朝では右大臣にまで昇った。しかし、左大臣・藤原時平に讒訴(ざんそ)され、大宰府へ大宰員外帥として左遷され現地で没した。死後天変地異が多発したことから、朝廷に祟りをなしたとされ、天満天神として信仰の対象となる。現在は学問の神として親しまれる。(略)

日本の文化として、とてもすごい偉業を達成された方や、逆に死後荒ぶられた方を、神のような存在としてお祀りすることがあります。神様でないと達成できない偉業をたたえる場合と、神様がお怒りになっていると判断されるような異常な事態がおきた場合に神様としてお祀りするということになります。
簡単に言うと、菅原道真公は偉業も達成されていますが、同時に荒ぶられた方でもあります。祟りを鎮めることが当初の目的で、神様としてお祀りしたことが始まりとされています。

その後、鎌倉時代にかけて、怨霊とされるよりも、慈悲・正直・冤罪を晴らすといった神様として信仰されるようになったようです。歴史が進み、右大臣にまで出世した希代の才智者として、学問の神様になったようですね。
菅原道真公をお祀りしている関東の主な神社
湯島天神
亀戸天神社(江東区亀戸)
谷保天満宮 (国立市谷保)



他に学問の神様はいないのか?

学問の神様、というと菅原道真公がどうしても一番手に名前があがり、ほかの神様のイメージがありません。
その中でも発見しました。

蒲生君平 先生

蒲生神社です。HPを確認すると、一番初めに目につくのが「学問の神様 蒲生神社」となっております。単純かつインパクトのあるホームページになっています。
前方後円墳の命名者となるなど、天皇陵の調査で名をはせた方のようです。


蒲生君平先生は宇都宮市に生まれた江戸後期の学者である。祖先が会津藩主蒲生氏郷公であることを知り蒲生の姓を名乗った。幼少より学問を好み、多くの先生に学び交わり、全国の天皇陵や旧蹟を巡りて、『山稜誌』を著した。晩年は子弟に学問を教えながら、著述に励むも、志半ば、四十六歳をもって江戸に没した。明治二年十二月、明治天皇は先生の功績を賞し、勅旌碑が建てられ、さらに明治十四年五月正四位を御贈位された。

吉田松陰 先生

幕末の隠れた英雄と呼びべきでしょうか?吉田松陰。自身は命を落とすも、門下生らが日本を一回転。明治維新を成し遂げた英雄です。
卓越した先見性。まさに神のような偉業を成し遂げたとの形容詞が相合しい方です。


吉田松陰先生は安政6年10月27日、安政の大獄に連座し江戸伝馬町の獄中にて30歳の若さで刑死されました。その4年後の文久3年、松陰先生の門下生であった高杉晋作、伊藤博文、等によってこの世田谷若林の地に改葬されました。神社所在地一帯は江戸時代から長州毛利藩藩主毛利大膳大夫の別邸のあったところで大夫山と呼ばれていたそうです。

明治15年11月21日松陰先生門下の人々が相謀り、墓畔に社を築いて先生の御霊を祀り忠魂の鎮座するところとなりました。今日の社殿は昭和2年から3年にかけて造営されたものです。近年は学問の神として崇敬を集め参拝者は全国各地に及んでいます。

他にも、日本人で唯一生首が空を飛んだと言われる平将門公も祀っている神田明神など見方にしたら大いなる力を与えてくれそうです。多くの神社も学業成就をかなえてくれそうです。



個人的に最大のお勧めは、こちら

最後に、個人的に最大のお勧めを紹介します。
理由は簡単、学問の神様が祀っているうちの多くは、偉業・功績の高い方を神様として祀っています。それは、日本では当然の文化です。
日本には八百万の神々が居られます。他にも居られないだろうか?と探したところ、居られました。
日本神話最大の智神様が居られたのです。古事記、日本書紀にも登場される神様です。

智の神様 八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)

おそらく、あまりご存知の方も居られないでしょうから、若干記します。青字の部分だけでもお読みください。

『古事記』では思金神、常世思金神、『日本書紀』では思兼神、『先代旧事本紀』では思金神、常世思金神、思兼神、八意思兼神、八意思金神と表記する。

高皇産霊尊の子とされるが、常世の神とする記述もある。名前の「おもひ」は「思慮」、「かね」は「兼ね備える」の意味で、「数多の人々の持つ思慮を一柱で兼ね備える神」の意である。思想や思考、知恵を神格化したものと考えられている。「八意」(やごころ)は多くの知恵という意味であり、また立場を変えて思い考えることを意味する。高天原の知恵袋といっても良い存在である。

最も有名な話では、岩戸隠れの際に、天の安原に集まった八百万の神に天照大神を岩戸の外に出すための知恵を授けたこととされている。葦原中国平定では、葦原中国に派遣する神の選定を行っている。その後の天孫降臨で瓊々杵尊に随伴した。

『先代旧事本紀』では、思兼神は信濃国に降り立って信之阿智祝の祖になり、また、秩父国造の祖ともなったとしている。子に天表春命・天下春命がおり、栲幡千千姫命は思兼神の妹に当たる。

八意思兼命というご尊名からして、智者。お隠れになった天照大御神を岩戸の外へ出す知恵など、おそらく知の神様の中の神様と言っても言い過ぎではないでしょう。

もし八意思兼命がいなければ、天照大御神は出てこず、日本の歴史は変わっていたかもしれません。
八意思兼命は、知で日本の歴史を作ったと言っても過言ではないように思います。

日本神話で最強の知恵の神様ではないでしょうか。すなわち日本最強の学問の神様ではないでしょうか。



秩父神社のご祭神です

では「八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)」にお参りするには、どこに行くべきか?

関東では秩父に祀られています。全国ではほかの神社でも祀らていると思います。同じ埼玉に住みながら、秩父に学問の高名な神様がおられることを知りませんでした。

また、この秩父神社が実はすごいのです。
崇神天皇10年に建立とされています。西暦に換算すると、紀元前という数字も出てくるほどの歴史があります。神社のホームページから引用してみましょう。


秩父神社のご創建は、平安初期の典籍『先代旧事紀-国造本紀-』によれば、第十代崇神天皇の御代に知知夫国の初代国造に任命された八意思兼命の十世の子孫である知知夫彦命が、祖神をお祀りしたことに始まるとされており、武蔵国成立以前より栄えた知知夫国の総鎮守として現在に至っています。
元慶2年(878年)には神階正四位下に進み、延長5年(927年)に編算された『延喜式』にも掲載されるなど、関東でも屈指の古社のひとつに数えられています。また、中世以降は関東武士団の源流、平良文を祖とする秩父平氏が奉じる妙見信仰と習合し、長く秩父妙見宮として隆盛を極めましたが、明治の神仏判然令により秩父神社の旧社名に復しました。
現存するご社殿は、天正20年(1592年)に徳川家康公が寄進されたもので、江戸時代初期の建築様式をよく留めていることなどから、埼玉県の有形文化財に指定されています。また、毎年12月3日に行われる例祭は、「秩父夜祭」として国の重要無形民俗文化財に指定され、京都の祇園祭、飛騨高山祭と共に日本三大曳山祭のひとつに数えられています。

もう、すごすぎる…。私自身の無知が恥ずかしい限りです。初めに紹介した菅原道真公も、秩父神社の記述を読んでいる可能性があるのですよね…。いやはや、すごすぎる…。それほどの神様が居られたとは…。

しかも同じ埼玉に住んでいながら、知らずに過ごしてきました。本当に大変申し訳ございません。
おそらく、秩父神社は最も歴史ある学問の神様であると断言いたします。



結論 最強の学問の神様はこの神社

ということで、いくつかの神社を紹介しました。
そして結果的に私の結論です。最終的にこれらの神社(神様)にお願いをしてきました。
1.秩父神社 八意思兼命
2.湯島天神 菅原道真公
3.靖國神社 ご英霊
以上、この3つの神社です。

突然靖國神社が入ります。
なぜか…。
学問の神様ではありません。しかし、国のために命をささげたご英霊に新年のご挨拶かたがた、お願いすることは日本人として当然だろうと考えたからです。

靖國神社で正月の初詣の際に、実は絵馬にお願いを書きました。
「志望校」のつもりで「志校の合格」と書いた理系大学受験予定の娘も、「第一希望」と書くつもりが、第を「」と書いた高校受験の息子も、希望する学校に合格しました。
ご英霊は多少の文字の間違いには寛容だったと、胸をなでおろしています。

靖國神社には私の親族が二人祀られています。一人は、子供たちの曽祖父にあたります。ひ孫のお願いだからと、英霊の皆様の立腹を納めてくれたのかもしれません。




冗談はさておき、菅原道真公の著名さは誰もが否定するものではありませんし、日本中でお祀りしています。
そして神話の時代の智者である八意思兼命。おそらく日本最古の智者の代表格であろうと思われます。

受験は本人の力で突破すべきものです。しかし、受験本番で力を発揮するために、そして最後の最後の助力をお願いするために、信じる神様にお願いに上がることも必要です。

そして、成就の暁には、当然御礼詣でに行きましょう。お願いばかりではだめです。神様と言っても菅原道真公だって元は人間です。きちんとお礼をする。これが当然です。できれば、お礼はその年のうちに行きたいですね。

初詣で一緒に済ませるようでは、いかがなものかと思います。
心に対して、心で応える。これが日本の作法です。

以上、関東での学問の神様(プラス靖国神社)でした。秩父神社(埼玉)は最後のお願いをする神社として、一考の価値があると思いますよ。